安野修右研究室
日本大学法学部政治経済学科
研究アイデア
助けてください!!アイデアは売りたいほどあるのに、それらに着手する時間がありません。ここはそうしたお蔵入りになりつつあるアイデアの保管庫です。何か引っかかるものがあって、共同研究をしたいという奇特な方はご連絡ください。※このページは2023年5月27日現在整備中です(思ったほどネタがなかったともいう)。
研究アイデア
沖縄における選挙キャンペーンの実態研究
具体的な内容
沖縄が選挙キャンペーンの面において異質な存在であることはよく知られているかもしれません。「公職選挙法特区」という言葉になじみがある人もいるかもしれません。あるいは、ちょっと選挙に詳しいつもりの人などは「確かに沖縄では選挙違反が多いかもしれないけど、純粋に行為だけみたら沖縄の選挙キャンペーンの方が世界標準に近いんだよ」なんて講釈を垂れているかもしれません。ですがなぜ本土と沖縄でそうした差異が生じているのかを調査した研究を、寡聞にして聞いたことがありません。せいぜい阪上順夫先生が1970年の「国政参加選挙」を視察したと記述しているのを知っているぐらいです。彼は沖縄の選挙キャンペーンと本土の公職選挙法のちぐはぐさを示すものとして、沖縄人民党中央選対委員長である古堅実吉のこんな発言を引用しています。曰く、「この選挙法は、法律というまともな体裁さえもたない、つぎはぎだらけのものである。権力側が反体制側を動かせないように、法によってがんじがらめにしているとしか思えない。これまでの選挙法の方がまだ民主的であった。運動はできるだけ自由にするのが望ましい。そして、官憲の取締りが、買収、供応にゆるく、本来の選挙運動に厳しいのは全くおかしい。」(阪上順夫『日本選挙制度論』(政治広報センター、1972年)38頁)。 このうえで僕個人が気になることは、当時の沖縄の人々にとって「この選挙法」が色々煩わしいものであったとして、じゃあ「これまでの選挙法」は一体全体どのようなものであったのかということです。正直なところ、本土復帰前の沖縄の選挙法については、最低限度の建付けしか知らず、具体的に読んだものも「琉球政府立法院議員選挙法(米国民政府令第57号)」ぐらいです。だいぶ古い記憶を引っ張り出していうと、この法律の条文を読んだときの感想として「想像していたほど緩くはない」という程度に厳しかったはずなのですが、実際の運用もそんなに厳しくなかったという記述も(記憶は曖昧ですが)どこかで読んだことがあります。選挙運動に関する制限規定は、あってもほとんど守られなかったし、また取締られることもそんなになかったということらしいのです。 ではなんでそんなことが成り立っていたのかというと、それが米政府の意向だったからだそうです。この典型例として僕が知っている事例(そしてこれこそがこのアイデアの核なのですが)は、1962年に沖縄で一度本土並みの「公職選挙法案」なるものを「立法院初の公聴会を開き、多数の参考人の意見を聞いた上で立法、可決した」(『沖縄タイムズ』1968年8月28日)にもかかわらず、この承認を米高等弁務官が拒否したことで、廃案となってしまったというものです。その理由は色々あるようなのですが、その一つに選挙運動規制に関する沖縄と米政府の認識の違いがあったことは確実で、先の『沖縄タイムズ』の記事では「悪質な選挙運動以外は極力選挙運動も緩和しようといった民政府の方針に反し、選挙期間、戸別訪問、ポスターの掲示などこの法案では形式なっている」とあるほか、『琉球新報』の1962年8月26日付の記事では、「選挙運動の制限または緩和については米国と沖縄を含む日本との間に法、社会慣習の相違があって、こんごにおいても調整が困難とみられて」いると示されています。なおこの結果に際しては与野党問わず批判が提起されたようですし、これが痛手だったのかはわかりませんが、沖縄県町村会が出版した『沖縄戦後選挙史』という4巻本の書籍には、総計4000頁ほどの分量があるのに、この「公職選挙法案」廃止に関する記述が一切ありません。きっと大事件だったと思うのですが。 そんなわけで僕の個人的な考えでは、沖縄で公選法が守られないのは米政府の統治の影響が現在においても経路依存的にまだ効いているというものになります。ですが実際にどのように影響力を行使したのか、今でもどのような影響が残っているのかに関する分析は、個人的に把握している限りではほとんどないはずです。なのでこのことを調査したいのですが、これにはかなり深刻な問題があります。それは史料調査などはいつでもできる一方で、当時選挙キャンペーンをしていた人に当時と現在では何が違うか聞き取りすることなどは、本土復帰以降50年経過しているので、対象となる人がどんどん少なくなってきていることです。要するに、この研究を実施できる年月はもうそんなに残ってないので、本当なら今すぐにでも着手したいのですが、ただ何の伝手もないので、実質放置しています。実に歯がゆく、そして悔しいことです。そういう葛藤があるので、このアイデアを一番最初に記します。
研究アイデア ②
候補者の駐車場利用と選挙結果:選挙運動費用収支報告書の活用案①
具体的な内容
選挙運動費用収支報告書というと、ふつうは金額を見る資料だと思われています。ですが、領収書まで含めて見ていくと、候補者がどこで活動していたのかをかなり具体的に辿れる場合があります。とくに駐車場の領収書などはその典型で、単独では些細な支出でも、まとまって現れれば、候補者がどの地域をどの程度回っていたのかを示す痕跡になりえます。 私が気になっているのは、こうした痕跡から候補者運動の空間的な配置をどこまで復元できるのか、ということです。日本の選挙研究では、候補者の地盤や組織、制度や資金の問題は繰り返し論じられてきましたが、候補者が実際にどこでどのように動いていたのかという、選挙運動のごく具体的な実態は、語られているわりに、案外よくわかっていません。選挙運動の位置情報と有権者行動との関係を扱った研究はすでにありますが(jstage.jst.go.jp/article/jssp/32/3/32_0955/_pdf/-char/ja)、収支報告書の原資料からその痕跡を拾い、候補者運動の広がりや偏りそのものを捉えようとする余地は、まだ残っているように思います。 私自身、2021年総選挙の選挙運動費用収支報告書は相当程度保有しており(詳細は、https://slownews.com/n/n790d626bb714、この資料群を使って何が見えるのかをいずれきちんと考えてみたいと思っています。もしこれがうまくいけば、候補者がどこに資源を投入し、どこを重点的に回り、逆にどこをあまり回らなかったのかという、選挙運動の実態をこれまでより具体的に明らかにできるかもしれません。そのうえで、そうした配置の違いが得票や投票率とどう関わっているのかを見ていけば、選挙運動の効果についても、少なくとも一端は捉えられる可能性があります。要するに、選挙運動を「いくら使ったか」だけでなく、「どこで行われ、それがどのような帰結をもったのか」というかたちで捉え直してみたいわけです。 もっとも、これで候補者の移動の全体がそのままわかるわけではありませんし、実際にやるとなると原資料の収集と整理にもかなりの手間と費用がかかります。ただ、それでもなお、選挙運動の実態に近づくための一つの入口にはなりうるのではないかと思っています。 ・追記 子供の思いつきみたいで恐縮ですが、参議院比例の候補者の駐車場利用履歴や宿泊施設などの領収書から移動日程を復元したら面白いかもしれません。参院比例は全国一区なうえに、市区町村別の集票結果に関するデータも存在します、、、